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数日前、たまたまエレベーターで一緒になった高齢の女性に声をかけられた。
「高い階に住んでると怖くないですか?」
見知らぬ人からの問いかけに、初めは驚いたのだが、よく聞くと先月引っ越してきたので、この辺りの買い物事情が分からず教えてほしいとお願いされた。
エレベーターを降り、立ち話で近所にある便利なお店を紹介した。
「メモしたいので家に来てくれませんか?」
しかたなく部屋まで行くことになった。

部屋の中はまだ段ボールがいっぱいで、片付けられていなかった。
「散らかってるけど、どうぞ」
わたしは恐るおそる居間へと進む。
メモを取るというので来たのだが、なぜかその人の身の上話が始まった。
なんとなく聞きながら周りを見回すと、両親らしき遺影を見つけた。
どうやら、わたしはこの遺影のかた、たぶん母親に呼ばれたようだ。
〈娘のこと、よろしくお願いします〉
母親らしき霊体に言われた。
しかたない。とりあえず話を聞く。どうやら、両親とも亡くなって一人暮らしのようだ。
わたしは聞いてみた。
「失礼ですが、おいくつなんですか?」
「え、わたしですか? 言えません……」
そう答える彼女は見たところ、還暦は軽く過ぎ、60代も後半だと思われた。
「わたしね、病気なんです」
返答もそこそこに話題を変えられてしまう。
「しかも、難病で、だから結婚してないんです」
こちらから聞いてもいないことをペラペラと話し出す。
たぶん知り合いがいないので話がしたかったのだろう。
機関銃のように話が止まらない。どうにか割って入り、近所の話に戻す。
「メモ、書いてくれます?」
逆にわたしが頼まれてしまった。しかたなく、メモに地図とお店を書いた。
部屋にはテレビしかなく、冷蔵庫も洗濯機も電子レンジもない。
テーブルすらないので、段ボールの上でメモを書いた。
電器店を教えたのだが、少し遠いので行けないと言われた。
地下鉄で隣の駅だが歩いても行ける距離なのに……。
いちばん近いリサイクルショップを教えることにした。すごく近いのでこれなら行けるらしい。
「冷蔵庫は20万もするから、そこなら安いですか? でも、中古ってことですよね。それは嫌だな」
「中古が嫌なら、電器屋さんで買うしかないですね」
「でも、冷蔵庫20万は出せないな」
「そんな立派なの買うんですか? そこまでしなくとも新しいのあると思いますけど」
「田舎では20万は普通ですよ」
全然、話がかみ合わないので、わたしはあきらめて帰ることにした。
「あ、もしよかったら、連絡先だけ教えてください」
わたしの部屋まで急に来られても困るので連絡先を伝えた。
「じゃ、お邪魔しました」
「あの、明日、買い物つきあってくれませんか?」
「え? 明日ですか? 時間があれば……」
そう言いながら、わたしは急いで部屋を出た。

次の日、電話がかかってきた。
わたしは仕事中だったのですぐには出ず、折り返し電話した。
「もしもし?」
「あ、どちらさんでした?」
「あの、電話くれましたよね」
「あ、あのね、わたしリサイクルショップに行こうとしたんですけど怖くて戻ってきちゃった」
「え? リサイクルショップって、すぐですよね。歩いて5分くらいですよね」
「そうなんだけど、怖くって、戻ってきちゃった」
この話を聞いて、わたしはその女性が怖くなり、差しさわりのない返答をして早めに電話を切った。

この人、ちょっと変かもしれない。精神病かも?
よく考えてみると田舎から来たとはいえ、ジャージにトレーナーで何日も同じ服。
部屋の中は段ボールだらけだから、お風呂も入っていないと思う。
もちろん、洗濯機もないので洗濯もしていない。
かかわらないほうがいいと思われた。
それから、時々マンションの入口で見かかるのだが、今でもあの時と同じ服を着ている。
わたしは軽く会釈だけするのだが、相手はわたしのことが分かっていないようだ。
もしかすると認知症の可能性もあるかもしれないと、わたしは思った。

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