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わたしが生まれた家には、母の仕事の弟子たちがたくさん住んでいた。
その頃は、かなり広範囲の経費がかかっていた。
弟子たちが巣立っていき、住人が家族だけになると、広い間取りの家屋は不経済なだけでなく、屋根の雪下ろしなど困難なことが増えてしまった。
そこで、家屋を手放しマンションに引越すことを両親が決めた。

わたしの実家は更地にして売られることとなった。

すでに家の中は引っ越しで荷物は何もない。
生まれ育った家を最後に見回し思い出がよみがえる。
想像もできないほどの寂しさがこみ上げる。
解体業者が来るまでのあいだ、家族それぞれが家の中で思い出に浸る。

わたしは、幼少期に部屋として使っていた物置へと向かった。
物置もすでに空っぽである。埃っぽい部屋を見渡し懐かしさに浸っていると、ふと壁の穴に目が留まる。
ストーブの煙突を通す壁の穴だ。
すでに物置になっていたので使われておらず、ポスターが貼られて穴を隠していた。
その穴がとても気になり覗いてみる。

すると、穴の中から小さなオルゴールが出てきた。

わたしが幼い頃、ここに隠したのだろう。
そんなことはすっかり忘れていたので、懐かしさについつい興奮した。
オルゴールは父が旅行で買ってきてくれたものだった。ねじを回すとゆっくりと動き出した。
懐かしいオルゴールをもう少しで家と共に無くしてしまうところだった。

みんながいるところに戻り、オルゴールの話をしていると、父が興奮しながらやってきた。
いつもは穏やかな父がである。
「壁に隠していたへそくりが出てきた!」と騒いでいた。
姉が聞く。「いくら?いくら?」
「5万!」
「おー」と、みんなが感激する。
父は続けた。
「壁から探していた工具も出てきた!」
自慢げに工具を見せていた。

それにしても、壁の中から出てくるってすごいところに隠してたものだ。
笑いをこらえていたら、母が大笑いしながら、わたしに言った。
「やっぱり親子だね。あんたも壁の穴からオルゴール見つけたんでしょ(笑)」

父とわたしは何ともバツが悪い空気となった。

解体業者が来るまであと1時間ほどの時だった。
弟子たちが解体の瞬間を見たいとやってきた。
懐かしい話をしながら家の中で語り合う。

解体業者がやってきた。家からみんなが出て壊すのを見届ける。
容赦なくショベルカーが家を壊す。

何とも言えない気持ちがこみ上げた。今までの思い出が崩れていく……。
すごい音と共に土埃が舞い上がる。
複雑な気持ちがこみ上げ涙が出てきた。
—— もう実家はない。もう戻る場所はない……。
心が震えた。今まで生きてきた一部をえぐられたような気がした。

わたしだけがこんな気持ちなのかと周りを見ると、みんな泣いていた。
無言の涙が何とも言えない物悲しさを感じさせる。
すっかり家がなくなり、更地になった光景をみんな無言で見ていた。

だれも話すことはなかった。

「じゃ、そろそろいこうか!」
弟が声をかけて解散となった。

わたしの中の思い出はこの時、家と共に消えてしまったと悲しんだのだが、なぜか今でも夢を見るときはこの実家での出来事が多い。
思い出は、わたしの中で昔のまま今も生きている。

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