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3月11日といえば、東日本大震災を思い出す。

当時、私は聡和と全国ツアー中で、東京は浅草にいた。
ツアーの日程はすべて聡和のお告げで、2か月以上前に決めていた。それをもとにホテルや飛行機の予約をした。
当初、ゴールは仙台にすれば、そのまま札幌に帰れるつもりだったのだが、不思議なことにお告げでストップがかかった。
〈東京でツアーの最終日にするように〉
その理由は知らされることなく、ただ3月11日から13日までは東京、そしてなぜか14日からは神奈川県の武蔵小杉のホテルで滞在するように指示され、帰りの飛行機は16日で予約するようにとのお告げだった。
この期間中は12日がトークショー、13日がワークショップとなっており、14日の武蔵小杉へ行くこと、そしてなぜその2日後の16日に帰るのかはまったくわからないまま、ホテルと飛行機を予約していたのだ。

3月11日の地震当日、聡和は上野の喫茶店で霊視鑑定による人生相談に応じていた。私はちがうお客様と浅草寺へ行っていた。
急に激しい揺れに一瞬、旅の疲れが出て、めまいを起こしたと錯覚したのだが、周りの状況をみてすぐに地震と気づく。お客様と急いで上野駅へと戻ったのだが、ひどい揺れと人混みで尋常ではない状況に驚き、駅から引き返してとりあえずチェックインしていたホテルへと向かう。

ご周知のとおり、その日は交通機関が動かなくなってしまう。私のお客様のほか、聡和のお客様2名も帰宅困難者になってしまい、私たちが泊まっているホテルの部屋で一夜を明かす。
なぜか、このときはいつもより広い部屋だったことに、まるで予知していたかのようだと驚いた。
食べ物はコンビニの商品棚から買い溜めされたため、なにもなくなっていたのだが、ツアーでお客様からいただいたお土産があり助かった。

仮眠をとりつつ、朝を迎え、どうにか交通機関が動き出すころ、ひとりの男性客が帰る用意をしだした。
私は帰る男性に「無事に帰ってね」と握手をしながら言うと、男性は顔をこわばらせ部屋を出て行った。

数分も経たないうちに、その男性が戻ってきた!
「どうしたの?」
「無事に帰って、と言われると、怖くて帰れません」
男性は私の言葉にビビって戻ってきたようだ。
その言葉を聞き、他の2名のお客様も「紗依さんといれば、安全な気がする」と言い出す。
それから、戻ってきた男性はしばらく部屋に留まっていた。
「あ! 地下鉄が動き出した! やっぱり、帰ります!」と男性客は突然言い、意を決して出て行った。
ビビるとまずいので、さすがに2回目は声をかけずに笑顔で手を振った。
その後、ふたりのお客様も無事に帰られた。

私たちはトークショーはさすがに中止したものの、ワークショップは「予定どおり行うように」とお告げで確認したので決行したが、こんな状況にもかかわらず、30名参加の欠席者ゼロというミラクルが起きた。
しかも、驚くことにその後の懇親会もほとんどが参加し、最後の最後までいてなかなか帰ってくださらず、さすがに地震が心配だったのでどうにか終電があるうちにみなさんに帰っていただいた。計画停電が始まっておらず、電車は通常運行だった。

次の日、14日は移動して武蔵小杉に宿泊。この日より計画停電となったが、たまたまホテルが建つ区画内に大きな病院があったため停電にはならなかった。しかも、宿泊中は三週間のツアーの疲れを癒すためとして予定は未定だったのだが、お客様ひとりと会うことができた。そして16日、いよいよ帰るため空港へと向かう。計画停電のためどうやって空港へと向かおうかと悩んでいると、歩いて行ける距離で羽田空港行きの直行バスが16日より運行されることを知る。あまりにもラッキーが続いて、驚きの連続だった。

この話はほんの一部で、かいつまんで書いてみたのだが、まださまざまなミラクルがあった。
もっと詳しい話は書籍『笑える~こわい話』の続巻で書こうと思う。

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