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10年くらい前、忙しい仕事が珍しく早く終わったので、せっかくだからと急ぎ足で帰ろうとしたときのこと。
後ろから、だれかに呼び止められた。
「ちょっと、待って!」
振り返ると、隣の店のオーナーが急いで駆け寄ってきた。
「今、帰るところだよね?」
「はい」
「あ、そ、そう、じゃ、飲みに行かない?」
「え、でも、すみません。今日は帰りたいんで……」
「いいところがあるんだ!しかも帰る方向だから、まあまあ……、騙されたと思って行こう」
そういいながら、オーナーは半ば(なかば)強引に私を連れて行く。
到着すると本当に私が帰る途中にあった。その『田舎屋』と書かれたい店は、田舎にあるからではなく、むしろ派手な歓楽街にあった。

「ここだよ、まぁ、入って!」
オーナーに勧められるまま中へと入る。しかし、店内は満員で身動きが取れない。
決して狭くはないのに、人がたくさんいるせいだった。
「こんばんは~って、言ってもだれも出ないか!ガハハッ!」
オーナーは高笑いをして中を覗きこむ。
昔の銭湯のカウンターが低くなったようなところが真ん中にあり、それを囲むように椅子が隙間なく並べられていた。その椅子に客がぎゅうぎゅう詰めで座っている。
「お客さんでいっぱいなようなので、私は帰りますね」
そうオーナーに告げると、オーナーは大きな声で、
「はい!みなさん!どいて、どいて!」
と、客を誘導した。すると、みんなが外へと動き出し、私たちを中へと移動させた。

―― え~っ!
あれよ、あれよという間にいちばん奥の席に座らせられ、唖然とする。
「はい、まずはビールでいいかな?」
そう私に確認すると、大きな声で、
「おお~い!ビール取って!」
と叫んだ!すると、入口付近の客がガラスの冷蔵庫を開けてびビール瓶を取り出し横のオジサンに手渡す。
そのオジサンも隣の客に手渡す。まさに手渡しリレーで私の場所へと運ばれてきた。
驚く間もなく、次に手渡しリレーで届いたのはコップだった。
あまりにも驚いて呆然としていたら、どこからともなく、
「いらっしゃ~い」
と、声が聞こえた。
—— えっ?だれ?どこ?しかも、今ごろ、いらっしゃい?
私は空耳かと思いながらも、声のしたほうを探す。
たくさんの荷物に紛れて、ど真ん中になにかがいる予感がした。
よく見ると、ど真ん中に着物を着た老婆がちょこんと座っていた。
あまりにも存在感がない。しかも小さくてまったく気づかなかった。
—— 霊体?
「あ、お通し、出さないとね……」
あまりにも小さく、か細い声。霊体だからしかたない。
すると、老婆は近くにあった皿を取り出し、スーパーで買った惣菜の刺身を手づかみで並べた!
「どうぞ~」
—— えええ!手づかみ!てか、幽霊なのにお通し出すの!
「どうも!」
そう言いながらオーナーが受け取り食べだした。
—— なに?オーナーが受け取るってことは幽霊じゃないんだ!そんなことよりお刺身食べちゃうんだ……。
この店は、けっこう不衛生で小さなハエも飛んでいる。店内はゴミなのかなんなのかわからないのでいっぱいで、掃除は確実にしていないだろう。飲むのも気になるほどだった。

「まぁ、今日は私のおごりだから、飲んで食べて食べて!」
そう言われたのだが、気になって食べるのも飲むのもできない。
私はごまかすためにカラオケを歌うことにした。
歌っていると……なにかが聞こえる……。
「ぐ、ぐわぁ~ぐわ~」
—— あああ!お婆さん!寝てる!
カラオケでガンガンのところ、真ん中で老婆は大イビキで寝ていた。
結局、店を出ようにもだれも席を動くことなく朝まで帰れず、ど真ん中で大イビキで寝ている老婆を見つめるだけであった。
「騙されたと思って……」
と言われていたが、ある意味、本当に騙された。この店は今はもうない。

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