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先日、弟と久しぶりにお墓参りへ行った。
少し遠くにあるお墓にはなかなか行くことがなかったのだが、なぜか導かれたようだった。

お墓参り前日に、なんとなく片づけをしていると、目に留まったものがあった。

懐かしい爪切りばさみ。子供の爪を切るはさみだ。
わたしが子供の頃、入院しているわたしに祖母がくれたものだった。
幼児のわたしは、病院のベッドの上で、このはさみを使って爪を切っていた。
爪が伸びなければ、すぐに切ることはできない。
そこで、このはさみを使ってチラシを切っては遊んだ。
どこへも行けないのでチラシで夢を切り取っていたのだ。
この夢遊びは退院してからも続き、家でも一人遊びとして何度も使用した。
そんなある日、急にはさみがなくなる。
どこを探しても見つからない。さすがに落ち込んで、母に八つ当たりをした。
手を焼いた母は言った。
「また買ってあげるから」
そんなやさしい慰めの言葉をもらったのだが、わたしには、あのはさみでなければ意味がないと思えていたのだ。
しばらくたってあきらめかけたとき、母が慌てて近寄ってきた。
「あったよ!」
はさみは外でごみを燃やしていた中に、丸焦げで見つかった。

真っ黒に焦げたはさみ。さすがにもう使えないとあきらめていたのだが、なぜか使えた。
うれしい気持ちでいっぱいだったことをよく覚えている。
それから何十年もたち、そのはさみは捨てられることもなくわたしのもとにあった。

見つめていると、不思議なメッセージを受け取る。
「もう、すべて終わらせなさい」

とはいえ、捨てることはできない。もらった祖母もすでにいない。
わたしははさみをお墓の中へ入れることにした。

それだけでなく、過去の思い出も入れることにした。
母からもらった動かない時計。父からもらったキーホルダー。
そして捨てることができないわたしの分身である、抜いた親知らず。
(親知らずの話はまた別の機会にするが、これまた因縁深い)

こうしてわたしは少しずつ過去を浄化している。

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